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思考実験好きあつまれ

2024年10月04日
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1. 名無しのおっちゃん

2024年10月04日 18時41分 ID:5f9cc52aab (1/2) ID抽出 返信

自我や自意識が十分に発達した人格aを持つ被験者Aに、被験者Aとは全く異なる人生を過ごした被験者Bの、自我や自意識が十分に発達した人格bを主観的に導入した場合、その後に被験者Aの持つ人格はどうなるか。
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選択肢

1.人格a
2.人格b
3.人格a+bとなる(人格共存)
4.人格ab(人格aと人格bを元とした、単一別人格で元人格を客観視する)
5.人格ab ' (人格aと人格bを元とした、単一別人格で元人格を認識しない)
6.人格a/b(人格aと人格bが相互に切り替わる二重人格で別人格を認識する)
7.人格a/b ’ (人格aと人格bが相互に切り替わる二重人格で別人格を認識しない)
8.人格c(全く異なる別人格)
9.人格喪失
10.その他(詳しく)

思考の理由も教えて❤️
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思考の条件

・人格とは、思考、記憶、自我などによって構成される「私が私であると認識する存在及びその行為」である。
・被験者Aおよび被験者Bはどちらも、人格移植に関して一切の記憶を持たないものとする。
・人格aと人格bが人格に与える影響は同程度とする。
・脳の容量の問題は無視できるものとする。

2. 名無しのおっちゃん

2024年10月04日 19時05分 ID:27761e75cf (1/2) ID抽出 返信

「主観的に導入」というのが少しよく分からないが、人格bを主体とし人格aは放棄されるというような意味で合っているだろうか。
人格に体験に対する記憶が含まれないのであれば人格bに切り替わったまま生活するんじゃないかと思う。ただ人格形成には体験が重要な部分、即ち後天的に形成される部分があるとされる為、人格に対して体験との齟齬が生じかねない。体験との連動がなされていない人格に於いては恐らく現状との連動もうまくいかない(生活に支障をきたす)と推測するが、当問題に対する回答としては無関係なのでここまでに留める。
さて体験、記憶がa→bと引き継がれないのであれば人格bとして生活するようになるだろう。あとはaとbの人格に於ける価値観の差異の問題になってくると思う。aは一般的な思考の持ち主であり、ごく普通の人間であったがbはアスリートだった場合などは日常に大きな支障が出るだろう。この場合短期的には2.人格bとなり、最終的には9.人格喪失に向かうように思う。9.を迎えるリスクは2人格間のギャップによるだろう。

3. 名無しのおっちゃん

2024年10月04日 19時39分 ID:5f9cc52aab (2/2) ID抽出 返信

>>2
主観的に導入というのは、物語とかでよくある「知らない人の記憶が流れ込んできた!これは自分のものなのか?それとも前世の...?」みたいなのがなくて、導入された人格やそれに伴うものを全て確実に自分自身のものだと認識できる形で導入するということです。

4. 名無しのおっちゃん

2024年10月04日 20時25分 ID:27761e75cf (2/2) ID抽出 返信

となるとスワンプマンの状況で人格と記憶が入れ替わっている(外見に変化はない)状態だろうか。そうであった場合主観的にはなんら違和感のない状態で生活することが可能だとは思うが、自らを取り巻く環境に関しては旧人格aとして認識されているのだから、例えば家庭があった場合パートナーに「あなたはそんな言い方をしなかった」というようなギャップが生じた場合に不都合が生まれる。
問題点は主観的個性と客観的個性のギャップが起こり得ることで、自らは今まで通りなのに対し、人格aと接してきた他者から否定をされ続けることが考えられる。条件が人格形成後の成人ということも踏まえると、一旦形成された自己同一性が外部的に否定されることによって過大なストレスがかかり、やはり人格破綻、人格喪失といった事態が起こり得ると思う。
恐らく自己愛性人格障害のように、自己評価と他者の認識に大きなズレが生じているような状況になるのではないかと思う。元の人格a,bともにそうした傾向がなかったのであれば、8.や9.の状況に陥るのではなかろうか。
或いは、aが実にしょうもない人格であり、bが他者の評価を得やすい人格であれば2,のように人格bとして生きていくということも考えられる。いずれにせよ人格aは消失するのではないだろうか。

5. 名無しのおっちゃん

2024年10月08日 15時31分 ID:adcb4f39b7 (1/1) ID抽出 返信

4、6、7に分岐する中で
人格aの自分 と 人格bの自分 が
受け入れられるか、受け入れられないかで
3、5、8、9に移り変わるか
10の例として廃人になるか

人格aと人格bの影響が同程度である規則を考え
人格bに至るまでの被験者Bの思考、記憶、自我が、どのようなものであったかで変わると考えられる。
被験者Aベースの肉体的、精神的な土台が
被験者Bベースの肉体的、精神的な記憶に
どれほど許容してくれるのかでも変わるだろう。

最終的にどこに収束しやすいかを考えた時には
おそらく5になると予想する

例えば
人格bがド変態エッチだったとしよう
人格aがそれを自分じゃないと認識するのは難しいと考えられる。
身体が無意識に求める欲求に直結するからだ。
結局は人格aが、新たな自分を見つけ
人格abとして
自分はド変態エッチな存在と決めつけて
それ以上の考えを持たないのではないか
そのように考えている。

6. 名無しのおっちゃん

2024年10月08日 18時43分 ID:64ad012550 (1/1) ID抽出 返信

脳科学のグローバル・ワークスペース理論って物があるって、日経サイエンスの2024.6月号にあったのを思い出した。
脳による意識は複数のモジュールの「会議」によって決まっているみたいな話。

「意識」が「会議」の結果の記録でしかないなら、会議に参加するモジュールがa+bで倍になっても「意識」
は1つ。(会議に参加する人数が増えても会議の結論は1つ)

つまり8(この選択肢では全くの別人と書いてあるが、自認としてaまたはbに完全に偏る事もあるし、a+bとして自認する事もありえる、しかしそれは「無意識的な」脳内会議によるものであって「意識的な」認知から推測不能だと思う。ただ、「意識は1つ」だと推測するという意味で8)

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